

新学習指導要領の特徴
新学習指導要領は、知識基盤社会の時代における「生きる力」を育むことを目的として打ち出されました。「知識・技能の習得」と「思考力・判断力・表現力」のバランスを謳い、言語活動・道徳教育・理数教育の重視、伝統文化・愛国心の強調、小学校からの英語教育、約40年ぶりの授業時数増加や総合学習の削減などを特徴としています。
私は、21世紀の社会が対応を求める課題には4つあると考えています。(1)高度知識社会への対応、(2)グローバル化(多文化共生社会)への対応、(3)リスク社会・格差社会への対応、(4)市民社会の成熟化への対応(市民性の教育)のことです。このうち(1)については、新学習指導要領で応えていますので、その点では評価できると思います。
「学習意欲」の増進で学力低下を克服できるか
新学習指導要領では、授業時数の増加と学習意欲の増進によって、学力低下を克服しようとしています。しかし、OECD(経済協力開発機構)によるPISA(生徒の学習到達度調査)2003、2006年の調査では、学力調査において日本より優秀な国ほど授業時数が少なく学習意欲も低い、むしろ「学習意欲」が高い国ほど学力は低いという結果が出ています。それはなぜでしょうか。実は、学習意欲の高い国というのは、産業化が進んでいる発展途上国に多く、一方で成熟した社会では、学習意欲が低下するのは当然のことなのです。要は、学力の向上に必要なのは学習意欲ではなく、学ぶ意味が与えられているか、子どもたちが学ぶ意味を感じているかどうかなのです。
PISA型学力はグローバルスタンダードか
ところで、新学習指導要領は、19世紀型学力(基礎的知識・技能の習得)と21世紀型学力との二元論で編成されています。このうち、21世紀型学力のことを、日本ではなぜかPISA型学力と紹介されていますが、実はPISA型学力とは北欧諸国において生涯学習社会に参加する出発点に求められる「学力の最低基準」なのであって、決して到達目標などではなく、ましてやグローバルスタンダードではないのです。
その点に注意してPISAの調査結果を見てみると、学力テスト・ドリルが多い国ほど学力が低く、習熟度別授業を導入している国ほど学力が低いことが分かります。PISA調査には限りませんが、きちんと情報全体を読み正確に把握した上で議論することが必要だと思います。
新学習指導要領は学校に何をもたらすか
またPISA調査からは、学校と教師の自律性が低く中央集権的な国ほど学力が低い傾向にあることが読み取れます。そして実は日本は、学校や教師の自律性が調査対象国の中で最も劣っている国なのです。
この例からも分かる通り、日本にとって学校や教師の自律性を高めていくことは必須であり、そのためにも教育課程行政における分権化は危急の課題です。ところが、様々な分野で分権改革が進められている昨今の日本の情勢に反して、こと新学習指導要領に関してはトップダウン形式で中央集権的な性格を有しており、世間の流れに逆行しています。
では、このような性格を持つ新学習指導要領が施行されると、学校に何がもたらされるのでしょうか。私は、教師と子どもの負担が増加し、学校は3つに分裂すると考えています。(1)PISA型学力と発展的学力の双方を追及する学校、(2)PISA型学力を追求する学校、(3)基礎的知識や技能の習得を追及する学校、この3つです。新学習指導要領に則ると(2)の学校になりますが、さらにその上を目指す(1)の学校と、そのレベルまで達することができず基礎のみを追求せざるを得ない学校に分かれていくのではないでしょうか。
学力問題は教育の「質」と「平等」の問題である
PISAで1位となり近年注目を集めているフィンランドですが、その成功の鍵は「学びの質(quality)」と「教育の平等(equality)」双方の追及です。「学びの質」を規定するのは「教師の質」と「教科書の質」にほかなりません。質を高めた上で教育内容をカットする、これが本質的な教育改革なのであって、単純に以前削減した内容をリバイバルするような新学習指導要領のやり方では不充分です。また、学校が3つに分裂し、通う小学校・中学校によって学べる内容・レベルが異なるとなれば、「教育の平等」が保証されなくなってしまいます。
日本が考えるべきことは、やみくもに国際学力調査の順位を上げるための対策ではなく、現在の学力の質、教育の質を問い、その改善を図ることです。例えば、これまで日本は「教師の質」で学力を保ってきたわけですが、だからこそ教師の市民的素養や教科の素養、教職専門の開発こそが改革の中心課題となってくるでしょうし、同時に教科書の質も高めていかなければなりません。
新しい学力問題をめぐる課題
今後に向けては、「質」と「平等」をどう実現するかということと同時に、学力テストによる統制にどう立ち向かうかが問われてきます。従来の学力テストでは学習の到達度が測られてきましたが、現在では教師の質を測る装置へとなりかわっています。その背景には、何でも数値化したがる日本人の心理がありますが、それはとりもなおさず社会と学校、保護者と教師の間に信頼がないことの表れです。学力テストによる統制に立ち向かうには、相互の信頼形成が不可欠だと言えます。
そして、忘れてはならないのが、学力は結果に過ぎないということ。学力を目的にしてしまうと、大切なものを見失ってしまいます。大切なものとは、「学び」です。「学力」を追求するのではなくいかに「学び」を創造する学校を構築していくか。それは、「協同する学び」を取り入れて結果的に学力の向上に成功した学校の事例が物語っています。ポイントは、いかに「教師の質」と「教科書の質」そして授業の質を高め、子どもたちの「学びの質」を高めるか。「学びの質」が高まっていけば、学力は自ずと向上するものなのです。